どうして体暦なのでしょう

私が伝えていきたいこと、自分も大切にしていること、
それは、体と心の痛みの無い毎日の素晴らしさ。
不安のない日々は夢を叶えるための大きな基盤になります。


それを手にいれるために大事なこと。


バランスのとれた体でいるための5分の運動習慣。そして日本に昔からある暦を知り、
旬の食材をいただく、四季にあった行動、行事を大切にする。
そのように人として
自然な生活を送ることが心も体もいつも心地よく入られると実感しているからです。

とても恵まれていた幼少期

栃木県の大きな繊維会社の孫として生まれました。
幼少期は実務は引退していた祖父といつも一緒に過ごしていました。

祖父は、名誉もお金もあり豪快な人でした。
昼間から晩酌をしている祖父の目の前には
カラスミやピータンといった珍しい物が常に置かれていました。
戦争の時の隊長としての武勇伝や学生時代に京都で遊び三昧だった話を
何度も話てくれました。

大きな声で笑う姿が印象的だった祖父でも、時折、神妙な表情になることがありました。

今でも、はっきり覚えているワンシーンがあります。
私が小学5年生だった節分の夜、祖父と2人で節分の行事を行っている大きなお寺に行きました。
参道脇には屋台も沢山出て、家族連れや学生のグループで賑わっていました。
祖父と並んで参拝すると、深々とおじぎをした祖父は、ものすごい大きな声で本堂の中に向かって
「鬼は~外。福は~うち」と言ったのです。
一瞬で周りの人が振り返り、「ビックリしたー」という声も聞こえます。
恥ずかしい、、思わず下を向いた私ですが、姿勢を正して参道を歩いていく着物姿の祖父をついていくと
その堂々とした姿に何だか誇らしい気分へと変わっていったのです。
毎朝、祖父は庭にあったお稲荷さんを丁寧に参り、仏壇に手を合わせご飯を供えていました。
思えば、その時の顔はいつも真剣でした。
「しっかりと手と手を合わせるんだよ」神様、仏様への礼儀を教えてくれたのは祖父でした。

欲しいものすべてを手に入れて、好きなように生きていた祖父。
その祖父が、誰よりも大切にしていたことがあったのです。

お正月には、ちゃんとお風呂で体を清めてから初詣に行きました。
お賽銭は、すべて半紙で包んでいました。
晩年は、膝の痛みでほとんど外出しなかった祖父ですが、
除夜の鐘はたたきに行っていました。

夕食には、いつも旬の魚が並びました。


300坪の庭には、毎日宮大工のおじさんがきて手入れをしていて、
常にどこかの花が咲いたり、実をならせたり。
そのためか、庭で植物を触ったり、舐めてみたりが好きな私でした。
今になってわかったのですが、その庭に植えられていた木々は、
風水を取り入れた、その家に健康や豊かさをもたらすようになっていました。
例えば、鬼門である家の北東には魔除けの効果のある柊が植えられていたのです。

祖父が何を、神様、仏様に願っていたのかはわかりません。
でも、沢山の財産とどこに行っても挨拶される立場を持っていたからこそ
何を大切にするべきかを知っていたのかもしれません。

コンプレックスの塊に

ちやほやと育った幼少期から学校に通う様になると何か満たされない気持ちに悩むようになりました。
家にいれば、会社の従業員やお手伝いさんが大切にしてくれていたのに
学校では、ただの生徒の1人です。愛想の良い子ではなく、人と話すのもうまくなかったので
いわゆる目立たない子でした。
子供ながらに、「こんな自分が嫌だな」と思っていました。
そんな気持ちからか、気持ちが悪くなって吐くことも多く、
風邪でもないのに熱っぽくて学校を休むことも度々ありました。

学校を休んでいると、近所に住む母方の祖父が必ず苺を持ってきてくれるのです。
そんな贅沢な環境にも、「別にいいのに」などと可愛げの無い私でした。

嫌いな自分を変えたいという願いは、高学年になるにつれ
何かしなくちゃという思いになっていきました。

本が好きだった私は今でいう健康、美容ジャンルの本を
買ってきたのです。
好きなだけ食べていたことをやめ、
野菜をなるべく食べ、ご飯を減らしました。
ジュースやお菓子も極力やめました。

それから、本を片手に体操をしてみたり、
庭に出て、縄跳びをしたり。


気がつくと、気持ち悪くなることは無くなっていました。
だるい、熱っぽいで学校を休むことも無くなりました。

中学生になるころには、いつも気分がよく
嬉しいことに体も少し引き締まり、自分の体が嫌いではなくなってきたのです。
年頃なのもありオシャレを楽しめるようになりました。
友達とのおしゃべり、雑貨屋さんへの買い物、毎日が、楽しくて仕方がないようにと
変わったのです。


この変化が、今の私を支えているのです、
お金があっても、人間関係がうまく行ってても
心が寂しいことはあるのです。
そして、体と心は繋がっているということ。

転落人生

私が24歳の時にその繊維会社をたたむことになりました。

何より悲しかったのは、実家を売りに出すことでした。
沢山の思い出が残った一つ一つの部屋。庭の色とりどりの植物。
大きな犬小屋、お寺の山門のような立派な門。
ざくろの実の甘酸っぱい味、
拾ってきた子犬が走り回った庭。

そのころは、もう東京に住んでいたので
月に1度、実家に帰り
年季の入った太い柱のツルツルした感触や、石畳の玄関の冷たさを
感じるのが好きでした。

大好きな大切な物がなくなることの恐怖感。
もう触れることもできなくなったのです。


そして、それまでお金のことを考えたことのなかった私には
経済的な恐怖もやってきたのです。

成人してもなお親のスネをかじっていた私。
ウォーターベットが欲しい、
海外旅行に行く、
マナースクールに行く、

電話1本で頼んでいた私。
その度に「いいんじゃないの?」
笑って言ってくれる父と母でした。


会社の後始末をする父を見て、
「今までも、大変だったのかも」
親の会社の状況を気にもしていなかった自分の甘さも痛感しました。

欲しいものがあるならば、
自分でお金を作らなくちゃ。

会社をたたむという辛い決断をした父に
心配はかけたくない、安心してもらいたい。

それまで、何となくしていた
働くこと、そしてお金を使うことに
真剣に向き合うようになったのです。



「人生何があるかわからない」今でもその思いはあります。

貴重な経験から私には、「今より少しでもいい状態にしていく。」常にその思いが染み付いているのです。


初めての本気の本気

29歳で結婚したのは鍼灸師の夫。
結婚を決めると同時に開業した夫を支えることになりました。

仕事、プライベートの両方がゼロからのスタート。
不安も沢山ありました。
開業費用を節約するために、カーテンをミシンで作り、
看板も材料を揃えて作りました。
チラシも手作り。仕事が終わると2人でポスティング。
寝る時間を削っての日々が続きました。

「寝る間が惜しい」
この時初めて本気で頑張る自分を知ったのです。
遊びに行く余裕もなく2人で真剣に過ごした結果、4年後には4人の従業員を雇える治療院になりました。



真剣に考えたお金の使い方

経営が順調に進む中、銀行に増えていくお金をどうするかを考えました。
大金持ちから一文無しを経験している私は、その怖さが身にしみています。
祖父も父も、大好きな人ですが、自営業を支えるようになった私には
祖父や父の豪快、贅沢なお金の使い方は、違うと分かっているのです。

そこで、夫を支えてきた私は今度は自分自身の力をつけていきたいと国家資格を取ることを決めました。
柔道整復師という資格は夫の治療院の幅を広げることにもなります。
鍼灸マッサージは実費での治療ですが、私が柔道整復師の資格を取ることで保険での治療ができる様になるのです。

子供2人が保育園という育児が一番大変な中、3年間専門学校に通い、難関の国家試験に合格できました。
夫の協力も大きく、保育園の送り迎え、夜のオムツ変えも夫が支えてくれました。
テスト前で睡眠不足が続くと、夫が鍼を打ってくれたり、体へのアドバイスをくれました。そして、
食べる物に気を使う習慣ができていたこともこの3年間を元気に過ごせ目標を達成できた理由だと思っています。

そして、家の購入と共に2度目の開業を果たすことができたのです。


自分の振り幅を広げたい

柔道整復師という仕事をする中で行政や団体から多くの役目もいただきました。
お医者さんや福祉関係の方との交流もできてきました。

それをきっかけに介護支援専門員の資格も取りました。
介護を受ける方のコーディネートのお仕事です。

医療だけでなく、介護の仕事も経験することで弱い立場の人々をサポートしていくことの緊張感を学びました。

祖父の会社では障害者も多く雇っていたため私自身は、偏見がなく育っていましたが、改めて弱い立場の方と接することで祖父や父の心の大きさを改めて尊敬できる様になりました。

仕事を通して様々な立場の人と直接出会うことは、人生の大きな学びとなっています。


一番の褒め言葉

今、嬉しく思うのは20歳前後の2人の娘が「ママってすごいよね。いつも元気でいろんなことに頑張ってて。」
そう言ってくれることです。

少しでもいい状態の自分でいたいから50歳を過ぎても進み続けているのです。
でも、自分の為、人の為、好きなことができているのも元気な体だからです。


特にスポーツジムに行ったり極端な食事の制限はしていませんが、自然に沿った食事、気持ちいい程度に体を動かす。

そんな習慣が、痛みや不安のない体を維持してくれています。

昔から大切にされている習慣。季節を大事にする。
ご先祖さまに感謝する。自然を敬う。

日々の生活にそれを意識していることもなんとなく物事がうまく進んでいく。
いつも安定した気持ちでいられる。原因なのかと思います。

その人それぞれの心地よさを伝えたい

全てのことに恵まれた人たち。
何か助けの必要な人たち。

様々な世界の人たちを見てきた私だからこそ、実感できることが多くあります。
生きている環境、行動のタイミング、そして人として心と体が平和であること。
それがそろっている人は、笑顔が多い。


一番大切なのは、自分そのものが嬉しいこと。
無理のない体や心の使い方、自然を大切にした行動が心地よさをつくります。
それが身に付いているから元気も豊かさも手に入れられるのです。



人それぞれ今の状態は違うけれどもより良い毎日になるために
実際にどんな風に毎日を過ごしていったら良いのか、
それを多くの人に伝えていけることが今の私の願いなのです。